川越の喜多院鐘楼門の外側左右に配置された阿吽の龍の造形に注目します。見た目からの特徴は,左右とも同じ造形傾向にあるように見えます。ここでは,見たい目が近く,普通に考えると同じ彫刻師によるものと理解できる2つの龍頭の形態的特徴を龍頭の形態解析①,②で紹介した方法で比較することを目的とします。さらに,この龍頭において大きな面積を占める角部の情報の有無による形態解析の差違も比較してみたいと思います。

喜多院鐘楼門


この雲竜の彫物の作者に対する言及はありませんが,秩父神社で見かけた龍とも似ているように思えます。まずは,この左右の龍の形態比較を,角がある場合とない場合で比較し,そののちに秩父神社の龍との比較もやってみたいと思います。
雲竜右の形についてー角なし


髭や局所的な影響を低減するために,頂点数を175784点から,ポリゴンメッシュの形状を調整しながら,頂点数7180点まで減らしました。上図2つの曲率分布の状況の差違を比較しますと,細部の影響が低減された下図の方が,頭部や鼻先のメッシュの面の向きの変化(曲率分布)の状況が読み取りやすくなることがわかります。
ここまで使用している形態解析方法では,物体を覆いつくすポリゴンメッシュの大きさをできるだけ等しいものにしようとしない限りは,細部の影響が必要以上に出てしまう可能性があるので,この曲率分布で可視化したときのわかりやすさが,適切な結果を得るための一つの指標であることは経験的に間違いないようです。この怪しさは,引き続き事例を解きながら改善し,安定した手法に成長させようと考えています。
法線ベクトル終点頻度ヒートマップの作成

これまでと同様に,ポリゴンメッシュの法線ベクトルの終点の向きのヒートマップを作成してみますと,\(x\)軸を基準にして,やや方位角が負の方向,つまり鐘楼外側全体では,やや中央に向けて,その面の向きが集中している様子が伺えます。ただ,これまで解析してきた龍頭では,一般的には,想定される鑑賞者(参拝者)に向かって,その面の向きが強く表れる傾向がありましたが,この結果は,面の向きが水平より上向きに集中していることも読み取れます。

ポリゴンメッシュの面の向きは上向きの傾向が強いことは上図でも確認できますが,実際の造形と再度比較しますと,その面の特徴は,効果的に鑑賞者側に情報を与えているように見えます。

この造形は,立体としてよりは,2.5次元的な視線奥行き方向への下絵からの掃引が見えかすれするように感じます。
FFTの実施
これまでの龍頭の形態解析と同じですが,上のヒートマップから,特定の方位角\(\phi\)に向いた法線ベクトルの終点の出現頻度を,天頂角\(\theta=0(rad)\)から\(\pi\)までのプロフィールとして読み取れます。ここでは,比較的ピークが集まる傾向にある,\(\phi=0(rad)\),\(\phi=-0.39(rad)\),\(\phi=-0.78(rad)\),のときのプロフィールを以下に示します。

この結果からも,真正面の\(\phi=0(rad)\),つまり\(x\)軸の正の向きへの面の強さが顕著であり,さらに,その面の向きは水平よりやや上向きにあることが特徴の一つであることが分かります。
このプロフィールを波形と見立てて,この波の空間周波数成分をFFTにしたがって求めてみます。
完全な球体に対して同様な手法で求めた法線ベクトル終点出現頻度ヒートマップのプロフィールから得られた支配的な空間周波数のパワースペクトル\(2.645E-04\)を,基準にそれぞれのパワースペクトルをデシベル表示で以下の図を得ました。

この結果と比較するために,この後は,右の角あり,と左の角なし,角ありでの解析を繰り返してみます。最後に,左右の類似性,角の有無の影響についてまとめ,最後に秩父神社の社殿右側面の龍頭との比較をしてみたいと思います。
雲竜右の形についてー角あり

細部でなく主要な面の曲率変化が可視化できる程度までポリゴンメッシュを低減,最適化し,頂点数を9844点まで低減してみました。この辺りの操作ももう少し安定性が欲しいところですが,もうしばらく類例を重ねて一定の形態解析プロセスにしていきたいと思っています。
ヒートマップとプロフィール
「角なし」と同じプロセスでヒートマップを得,空間周波数成分を求めます。



この「角あり」の空間周波数成分と先に実施した「角なし」のものと比較すると,まずは目視だけなら,方位角\(\phi=0\)以外では,角の有無の影響は少ないように見えます。\(\phi=0\)での違いは,この造形の特徴である,飛び出すような存在感を示す大きな角の表面が真正面を強く向いていることに因るようです。この喜多院鐘楼門の龍頭ほどの大きな角を持つケースは少ないので,全体的には「角の有無」への配慮に関しては意外に楽なのかもしれません。とは言え,ここではその造形の印象に「角」は影響を与えることの可能性は否定できませんので,以後は「角あり」で形態解析を進めたいと思います。

すでに試行しているのですが,この空間周波数成分の大小関係を龍頭それぞれの固有な形態特徴パラメータと見立てて因子分析1を実施していますので,後日,他の龍頭のFFTデータと合わせて類似度評価を実施したいと思っています。
雲竜左の形について

ヒートマップとプロフィール


ここまでで雲竜右との違いについて言及することは難しいですが,真正面つまり方位角\(\phi=0\)の極端な優位性はないようにも見えます。ここでは,ヒートマップの状況に応じて,角測定方向を\(+0.1\)程度としてあります。
雲竜左右の空間周波数成分の比較



上記の周波数成分を説明変数とした主成分分析および因子分析は,後日他の龍頭と合わせて評価し,その類似度を定量的に見たいと思います。ここでは,この棒グラフでの比較のみですが,それでも,\(0Hx\)から\(1Hz\)以下辺りでは,左右の雲竜が類似しているように見えます。高周波でも類似しているところそうでなところが混在していますが,全体的な凹凸の関係性は似ているようにも見えます。直感的な作風の類似性とこの周波数成分のパターンの類似性については他例も踏まえて考察を続けたいと思います。
秩父神社神殿側面の龍との比較
右側面の龍

これに対して,ポリゴンメッシュの最適化を行い,できるだけ同様なサイズで少ない数のメッシュで置き換え,髭先端やしわの入り込みなどの細部の影響を低減しようとしたものが,

細部造形の影響を緩和するために,曲率分布の差を半分以下に抑え,この形の基本(荒彫りの状態に近いのではと期待しています)を構成する面の向きの特性を見えやすく工夫しています。形全体としては劣化し,悪い印象を与えますが,この手法では細部造形の影響と基本造形の影響を区別して扱うことができませんので,まずは,オリジナルの3D形状データから,細部の情報をできるだけ取り除くように工夫しています。今のところは,MeshLabによるポリゴンメッシュの最適化ツールに従っています。
ヒートマップとプロフィール


ピークの位置は方位角\(\phi\),天頂角\(\theta\)ともに喜多院鐘楼門の結果と似ているとも言えそうです。
FFT
このプロフィールのFFTの結果は,

となる。
同じ作風のように見える喜多院鐘楼門の龍頭と秩父神社側面の龍頭のFFTの比較
最後に喜多院鐘楼門の左龍頭φ=0.10と秩父神社の右側龍頭φ=0.00との比較すると,

現時点ではなんとも評価しがたい傾向を示しています。もう少し龍頭法線ベクトルヒートマップのプロフィールFFTデータが揃ったら,この周波数成分を説明変数として因子分析か主成分分析を実施し,龍頭造形の類似度評価への試行としたいと思っています。
補足
- 因子分析の他に主成分分析を用いることもできますが,周波数成分間の相関関係が強そうなので,今のところ因子分析により,できるだけ相関関係の弱い軸を探しています。 ↩︎


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